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台風

 投稿者:西郷忠男  投稿日:2019年 8月15日(木)08時47分21秒
返信・引用 編集済
  大型の台風10号は間もなく四国南西部に上陸、当地へは日暮れに最接近の予報。鉄道や空の便にも大きな影響を与えていますが、今のところ当地は曇ってはいるものの雨も降らず、ザワザワと大きく揺れる木の枝だけが台風模様を伝えています。
梅雨明けから3週間、雨は1週間前の30分間ほどの夕立が1回と雨量が記録されない程度の雨がこの3日で2回、カラカラの熱帯夜続きでバテかけているところ、タップリと降って欲しいと思いますが、台風は歓迎できません。望みどおりにならないと知りながら、つい書き込みたくなります。
添付は7日・8日に撮影した神戸六甲山から見た大阪方面の夜景と、京都市街地の上・逢坂山越しに見える大津市琵琶湖岸の花火です。ちょっと古い画像ですが幾らかでも涼しさを感じて頂けたら幸いです。花火は撮影地から凡そ22.5㎞先、六甲山からの夜景も画面中央までは似たような距離になります。
 
 

幹事の皆様、ご苦労様です

 投稿者:西郷忠男  投稿日:2019年 8月14日(水)10時03分31秒
返信・引用 編集済
  同級会のご案内ありがとうございました。
出席の予定ですが、ほぼ10年ぶりの箱根以東訪問になりますので、ついでに何かをくっつけて・・・と計画中です。
今はその前の町の写真展や、9月・10月に行われる近隣自治体の美術展出展作品の準備に追われて、先のことまで頭が回りかねています。
写真展では町内の掲示板に貼る案内ポスターや近隣写真クラブへの案内はがきのデザインも2年余り担当しているのですが、今回会場変更に伴い開催曜日が変るのを旧デザインの曜日を残したまま印刷するというヘマをしてしまい、大恥をかいたばかりです。
そんなこともあってか、幹事の皆様のご苦労は一層理解できるつもりになっています。
最後になるかも知れない同級会まで後2か月、ご苦労ですがよろしくお願いします。
添付は写真展の案内はがきです(日時は正しくなっていますので、近くへお越しの節はお立ち寄りください)
 

MOAは休館日でした

 投稿者:佐々信之  投稿日:2019年 8月 8日(木)20時18分59秒
返信・引用
  重ね重ね謝罪しなければなりません。熱海での同級会案内にまた間違いがありました。同級会の翌日に熱海の名所「MOA美術館」を見学すると案内しましたが、実はその日がMOAの休館日であることが分かったからです。「開館か」「休館か」は幹事として最低限確認しなければならない重要事項なのにネグっていました。前幹事の力石さんから電話をいただき、調べたところ、やはり休館であることが判明しました。力石さん、貴重なご指摘、本当にありがとうございました。すぐ次回幹事の阿部さんに連絡いたしました。熱海にはMOA以外にも沢山、名所がありますので、おいおい幹事団で決めます。出欠状況が判明した段階で具体案を連絡できると思います。すいませんでした。文責の佐々の早とちりをお許しください。  

日帰りもOKです

 投稿者:佐々信之  投稿日:2019年 8月 6日(火)18時49分31秒
返信・引用
  熱海での同級会案内を昨日、郵送いたしました。今週中には皆様のもとにも届くと思います。ただ一点、失念したことがありました。毎回、泊まらずに日帰り参加の方が何名かいるのにその人たちの対応をどうするのか、全く書き忘れていました。(幹事の間では決めていたのですが・・・)申し訳ありませんでした。日帰りの方の参加費は1万円です。そういう同級生がいましたらどんどん声を掛け参加するよう促してください。なお、今回案内を出した対象者は65名です。(不幸にも亡くなった方や、何度案内を出してもナシのつぶての人、ほとんど欠席の方は思い切って外しました。)でもやっぱり同級会は大勢がいい。もう80歳になりましたので、この先、いつまで続けられるのか、保証はない。迷っている、あなた、思い切って顔を出してください。  

秋の同級会は熱海に決定

 投稿者:佐々信之  投稿日:2019年 7月30日(火)16時39分7秒
返信・引用 編集済
  今年の秋の同級会は関東地区在住者が幹事役を担うことになっていますが、このほどその概要が決まりましたので以下ご報告します。案内状を早急に作り、皆さんに郵送の予定です。

・日時=令和元年10月16日(水)一泊二日

・場所=KKRホテル熱海(国家公務員共済組合連合会熱海共済会館)
    熱海市春日町7-39 電話0557-85-2000
    * 熱海駅から徒歩10分以内です
・参加費=1万6000円(日帰りの場合1万円)
・料理=結構豪華な日本料理、酒類は飲み放題

・翌日(17日)=MOA美術館見学
* 見学料は会費とは別料金


幹事長の阿部君のほか惣田君、後藤さん、さらに愛知からの女性陣3名も加えた計7名でこのほど現地を下見してきました。熱海は東西の中間点という好立地。ホテルは駅から至近。全部屋から海が一望できます。食事も大満足でした。4人部屋の和室9室を予約しました。


    
 

観賞野菜

 投稿者:伊丹晴生  投稿日:2019年 7月26日(金)20時23分14秒
返信・引用
   今晩は。久しぶりに投稿いたします。
私が投稿するべき投稿を、西郷さんがしてくれました。ありがとうございました。
あのテレビ番組は、今泉伸夫君から電話をいただき、楽しんで観ました。そして、伸夫君が前向きに楽しんで生活していることに感動しました。なんでも行政に頼むのではなく、自分でこなしていく伸夫君は本当に素晴らしいです。
 私は、昭和37年新任教員として、作手村の協和小学校へ赴任いたしました。作手南部の旭・田代・高松の3つの小学校が統合して2年目の学校です。ここで4年生を受け持ち、卒業まで3年間新米の担任を勤めました。児童は24名でした。初めての担任でしかも3年間も受け持ったので、全員しっかり覚えています。
当時、伸夫君の住んでいた荒原(あわら)には電気が引かれておらず、谷川の水を使って自家発電をしていました。
 私にとって本当に楽しい3年間でした。休みになれば荒原へアマゴを釣りに行ったり、秋になれば治自然薯(山芋)を掘りに行ったり・・・・・・・。3年間真面目に指導していたんでしょうかね。
話が変わりますが、西郷さんがかぼちゃの写真を添付していますが。私も同じよな写真を添付いたします。
 私は家の前に観賞用の小さなドームを作り小玉スイカ・南瓜・ゴーヤを植えました。ゴーヤはまだですが。南瓜・西瓜はドームにぶら下がっています。どちらも食べ頃を迎えています。


 

ポツンと一軒家・その3

 投稿者:西郷忠男  投稿日:2019年 7月25日(木)17時34分30秒
返信・引用 編集済
  一軒家ではありませんが、私の住む島本町にも似たような地区があります。
水無瀬川の上流に標高320m辺りにある大沢集落です。

生まれてからずっと島本町内に住んでいると言う70代知人男性によれば、同級生で大沢から通学する女子生徒が1名おり、片道8.5㎞の山道を標高350mの峠を越え中学(標高10m)まで来ていたのこと。距離・高低差ともに今泉氏と大差ないとも言えそうです。小学校はどうしていたか聞いていませんが、町境を越え3㎞程離れた高槻市の磐手小学校川久保分校に通っていた(校区と行政区が異なる時期があった)のではないかと推定されます。
今は就学中の児童・生徒はなく、町の資料によれば7月1日現在で7世帯11人が住んでおられるようです。
この大沢集落の外れに大阪府の天然記念物「大沢の大杉」があります。樹齢800年は鳳来寺の笠杉に匹敵しますが、何度も自然災害で傷ついたのでしょう、幹回りは6.7mと笠杉に近いものの高さは20mとそれほどでもなく、森の仙人とでも言えそうな姿をしています。
 

ポツンと一軒家・続編

 投稿者:西郷忠男  投稿日:2019年 7月25日(木)09時39分51秒
返信・引用 編集済
  関西は昨日梅雨明け、早速熱帯夜になり、今日は最高気温35℃の予報、閉口しています。

先の投稿で旧作手南中学校から荒原への道をGoogleマップで辿って見ましたが、果たしてどんな道っだったのかを国土地理院の地図で調べて見ました。
荒原にはTVに出た今泉さん宅から少し東、七久保に近い方にもう一つ集落があり、同級生がどこから通って来たか知りませんが、今泉さんの集落への道は中学校(標高300m)→峠(480m)→下る(450m)→峠(620m)→下る(標高500m今泉さん宅)となり、垂直距離は登り350m下り150mであることを知りました。
同級生は中学入学から卒業まで学年で一番小柄でしたが、こんな通学路で鍛えられたのか、長距離に強く村内の駅伝大会には学校代表選手として走っていたことを思い出します。

地理院地図で古い航空写真はないかと調べるうちに面白い物を見つけましたので紹介します。
1948年1月8日米軍が撮影した新城北西部の写真です。作手地区の平地は雪があるらしく白くなっていますが、写真下部の新城あたりは黒く見え、千郷小学校や新城小学校・中学校・高校の校舎の並びがはっきりと写っています。小学校2年生3学期始業式の日の記憶がある方なら一層楽しめそうですが・・・
https://mapps.gsi.go.jp/map-lib-api/apiContentsView.do?specificationId=12208
この写真にたどり着くには地理院地図→情報→空中写真・衛星画像→単写真と進むと2枚目のような赤点が沢山付いた画面になります。赤点をクリックするとどんな写真があるか吹き出しに表示されますので目的に合うものか否かをか確認・選択→「写真を表示」をクリック→100dpi表示→必要に応じ400dpiで表示となります。リンク先は100dpig画像です。お試し下さい。
因みに私の生家は写真中央やや左寄りに、当時伊丹さんや私が通っていた作手村立旭小学校も伊丹さんが住んでおられた職員住宅も写っているのがぼんやりと判別できます。

ついでに、1947/9/23撮影の新城駅付近を中心とする写真も見つかりましたので貼っておきます。
https://mapps.gsi.go.jp/map-lib-api/apiContentsView.do?specificationId=11216
 

ポツンと一軒家

 投稿者:西郷忠男  投稿日:2019年 7月23日(火)13時11分59秒
返信・引用 編集済
  数日前、名古屋に住む今泉正吉さんから葉書が届きました。
内容はご本人やご家族の様子などに併せてTV番組「ポツンと一軒家」の話題で、7月14日放送のことが記されていました。我が家は午前も午後も8時にTVが点いていることは殆どなく、そのような番組があることも全く知りませんでした。内容は新城市作手荒原の一軒家に住む今泉伸夫氏とその周りの人の様子、今日昼になってネットの見逃し配信で初めて見ました。作手とつく地名から私を思い出して頂いたとのこと、今泉さん、ありがとうございました。
https://gyao.yahoo.co.jp/title/ポツンと一軒家/5be921f7-621c-485d-b319-4dd750f87369
作手荒原は私の中学校の校区内、当時は10軒ほどの家があった筈ですが、中学に通うにも2ツの峠を超えねばならない8㎞近い距離、朝1時間半帰り2時間の通学と聞きました。同級生にはそこから通う男子1名がおりましたが既に他界、中学時代を含めて今まで一度も行ったことのない土地です。伸夫氏の年齢を字幕で見ると66歳とあり私達とは一回り違い、もしかして伊丹さんの直接の教え子(あるいはすれ違いしたが知っている方?)かと思ったりします。
添付はGoogleマップからの借用で写真左側の赤いマークが昔の中学校跡、ブルーの線は現在の道路で昔はショートカットする山道や畦道があった筈、自転車はあっても未舗装の急坂は往復何れか片道しか使えず、女子は徒歩通学、体力に勝る男子が稀に使う程度でした。森豆腐店とある近くに伊丹さんの初任地協和小学校が数年前までありました。

おまけの2・3枚目は梅雨の合間に撮った滋賀県甲賀市の鶏鳴の滝と町内水無瀬川の渓谷です。蒸し暑さが少しでも和らげることが出来たら幸いです。
 

よくあること?

 投稿者:西郷忠男  投稿日:2019年 7月22日(月)21時56分44秒
返信・引用 編集済
  力石さん・佐々さんが投稿されたような航空機のクラス変更、私も過去に2回その恩恵を受けました。
最初は台湾への出張、社内の出張規則ではエコノミークラス利用でしたが、上司が間違って自分が利用する場合のビジネスクラスを予約、出発直前に気付くと打合せの都合で別のクラスに空席がなかったのでそれで行かせたと言って置くから大丈夫と。ギリギリに搭乗手続きを済ませ、最後に近い順番で機内に入り、ビジネスクラスの辺りに立って見たがチケットに該当する席がない。ハテと迷っているとCAが寄って来てお客様の席はこちらですとファーストクラスに案内されました。上級席利用者を増やすために時々実施しているサービスとのこと、伊丹からの台北便であったか高雄便であったか記憶は定かでなく、いずれにしても余り長時間飛行でもなく、機内食も記憶に残るほどの物はありませんでした。
2度目はオーストラリアWhyallaへの出張、747ジャンボ機の夜間飛行、ボーディングブリッジを渡り終えると待っていたように2階席へ案内されました。ビジネスクラスは2階なんだと納得してCAについて行くと案内されたシートはファーストクラス、同じように等級変更のサービスとの説明を受けました。食べても飲んでもシドニーまでゆっくり眠れると気を許したのがいけなかったのか、そんなに量を飲んだ記憶はありませんが、眼を覚ますと軽い頭痛、アデレード便への乗り継ぎまでの時間を長く感じたことは今も思い出します。シドニーからアデレードへは全席エコノミーのカンタス機、最後アデレードから目的地のWhyallaまでは客席から操縦席の計器の一部も見える定員20名ほどの小型プロペラ機で1時間弱、機内サービスもなかったような記憶、最初と最後でちゃんとバランスがとれた出張でした。
そのWhyallaでは人生最初で最後50℃の気温を体験したことは、以前にここで紹介したかもしれません。
 

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